「恋愛」の内側の不安材料

女を強く結ぶ紳はたしかにあるが、しかしだからといって「私」が「私」でなくなってしまうわけではない。キミはキミだし、つまり、ふたりが違う人間であるという事実は消えない。そして違うということは、さまざまな好みを別にする部分もあれば、利害が対立する部分もあることを意味する。どんなに好きでも、相手の物の食べ方が気に入らないこともあれば、寝ているときのいびきが気になることもある。出かけたい場所の折り合いがつかないこともあれば、いっしょに遊ぶ友だちの選別に不満を持つこともあるだろう。
小さなひび割れが二戸の家屋を倒壊させることがあるように、徴妙なズレが、「私たち」という関係の根底をくつがえすことにもなりかねない。「私たちモそんな小さな亀裂をいっぱい抱えた意識のありようなのだ。
コミュニケーションがうまくいかない夫婦はこのように関係修復に時間と手間がかかりますので、で相性がピッタリの相手と出会えば夫婦間の問題は起こりにくいか、起こっても解決はこんなに大変ではないでしょう。

「恋愛」の内側に不安材料りょうは多いし、その外からもさまざまな力がかかってくる。
長くは続かない。長い人生からすれば、ほんの一瞬といっていいかもしれない。あとは、自分はこんなに好きなのに、相手がもう冷めてしまとか、相手の気持ちは盛り上がっているのに、自分はいまひとつ燃えなくなってしまったとか、情熱監査かはみんなわかっているけれど、「恋愛」の絶頂期、幸福期はそれほどのシーソーゲームはバランスを欠いた状態に陥ってしまう。「恋愛」ではより愛したほうが負け、ともいわれるとおり、相手の気持ちに確信を持てないほど追いかけてしまうしなって、してしまいがち。
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