恋愛」を通過する

少なからずの男子は、自分を聞き、癒しを求められる他人が郎知だけだったりする。そうすると、自分のふだん見せない部分をさらけ出した相手に、「失恋」という形でノ を突きつけられることは、自分の存在そのものを否定されたことにもつながりかねない。キミは、キミという人間自体がダメだと熔印を押されたように思ってしまうかもしれない。
ならば、どうしたら「失恋」の痛手を癒すことができるのか。そこから立ち直ることができるのか。それは、射し鮒ないけど、打つ手がないのだ。時が敏悦するしかない、蛮句だけど、本当に、時間の経過によって薄皮を重ねるように心の傷をふさいでいく
それが何年かかるのか、何カ月ですむのかはわからないけれど、傷口に効く薬だというのは、これはもう歴史の中で得られた教訓ともいえる。
もし、ここで→出会った相性が合う人と結婚しても仲が悪くなったらここを思い出してください。

なぐさめたり、他の人と無理やりつき合って気持ちを変えようとしたり、友だちに一晩ひとばん中愚痴をこぼしてみたり、とりあえず誰かとセックスをして心の痛みを忘れようとしたり:::人は、こんなときはいろいろせずにはいられない。けれども、そうした行為は結局、気を紛らせることでしかない。「失恋」で空いた心の穴自体は、時間によってしか埋まらない。しかし、ぼくは、こうメッセージすることはできる。その経験はけっして無駄ではない、と。「恋人」を失ったことで、キミは孤独という感情を、文字づらではなく、からだで理解したはずだ。子供のときには家族の愛情に守られて、ぬくぬくと過ごしていられたが、大人になってくると、その幸せが外から与えられたものだったことがよくわかる。さらに「恋愛」を通過することで、「私」が本人は、当はひとりぼっちであることを痛感すつうかんる。親がいても友人がいても、しょせん、生きていくことは「私」の歩みでしかない。それがそんなにやすらかな営みではないことも、実感する。そして、そこで、誰かと支え合うことの必要性を感じるのだ。
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